抗体薬物複合体 (Antibody-drug conjugate:ADC) は、特定の分子を狙った抗体に抗がん剤などを結合させ、標的への送達性を強力に高めた医薬品モダリティである (関連ケムステ記事参照)。ADC に用いられる抗体は高分子化合物 (バイオ医薬品) であるがゆえ、その製造には多くの時間を有する。
一方、従来のバッチ式合成から連続フロー合成への移行は、医薬品、ファインケミカル、香料などの生産において推進されている。その合成ターゲットはこれまで低分子化合物が大部分であったが、本報告では高分子である ADC に対しておそらく世界で初めてフロー法を適用した。
概要
味の素株式会社の松田豊 (第37回ケムステVシンポ講師、紹介記事はコチラ)、中原祐一らは、抗体薬物複合体 (ADC) をフローリアクタで合成する手法を報告した。マイクロミキサーをタンデムにつないだリアクタ装置を使い、抗体の還元反応と薬物とのコンジュゲーションをワンポットで行い、マシンタイム 5 分以内で抗体を ADC へと変換することに成功した[1]。まさに、抗体を迅速かつ閉鎖系にて ADC へと変換できる装置を実現したことになる。本論文は Organic Process Research&Development 誌の Front cover にも選ばれている (Figure 1)。
Figure 1 OPR&D 誌のFront cover(Link:https://pubs.acs.org/toc/oprdfk/26/9)
背景
抗体システインの鎖間ジスルフィドを部分的に還元し、得られたチオールに Cys maleimide カップリングによって高活性 Payload とコンジュゲーションさせる手法は、伝統的かつ最も汎用的に使われている ADC 製法である (Figure 2)[2]。これまでに、8 つの市販の ADC がこの手法で作られているが、その全ての製造において、伝統的なバッチリアクタが使われていた。バッチリアクタを用いた反応は、しばしばスケーラビリティに難があることがあり、特に抗体薬物複合体の薬効・安全性に大きな影響を及ぼす薬物抗体比 (抗体に対するコンジュゲーションしている薬物比率、drug-to-antibody ratio: DAR) はスケールによって変わることがある[3]。それゆえ、抗体薬物複合体を製造する際には、詳細な design of experiment (DOE) 検討が必要であった。
そこで著者らは、このバッチ反応の潜在的な課題を解決する手法として、フローリアクタを利用した連続フロー生産(Continuous Production)に着目した。連続フロー生産は製造プロセスが稼働している期間中,連続的に原料又は混合物が製造工程内に供給され,生産物が継続的に取り出される生産方法である。フロー合成の手法の1つとしてフローマイクロリアクター(Flow Micro Reactor, FMR)が注目されている[4]。FMRはマイクロ空間内で生じる現象を利用し,従来のバッチ型の反応では制御が難しい高速混合や反応熱を精密に制御し,高機能な材料を高い収率で得られるというメリットがある。またホットスポット発生の抑制といった超低温での温度制御が必要なくなることなどから使用するエネルギーの観点からも効率の良いプロセスであると言われており,環境に優しい生産方法としても注目されている生産技術の1つである。著者らは、このホットスポット抑制というFMRの利点を利用して、ADC の還元反応の scale-gap を解消できると考えた。
また、フローリアクタの利用は ADC 製造現場の安全性の観点からも利点があった。ADC の薬物として使われる低分子(通称Payload)は、超高活性であることが多く(通常サブnM ~ pM レベルの IC50)、製造現場では特別な封じ込め施設 (High-potent active pharmaceutical ingredients (HPAPIs) 施設と呼ばれる) が必要となる。FMR はリアクタとチューブ全てが閉鎖系で行われるため、製造オペレーターが HPAPI 物質に曝露されるリスクを低減することもできる。このように、ADC のスケールアップの簡便さと製造現場の環境という両面から、フローリアクタによる ADC 製造のニーズが高まっていた。
Figure 2 概要 (a) Cysteine 型の ADC 合成、(b) フローリアクタによる ADC 合成
論文の内容
フローリアクタの検討において、重要なことは ① 適切な形状のミキサーの選択、② 適切なリアクタ (チューブの長さ) の選択、③ 連続生産に耐えうる迅速合成プロセスの確立、である。
① 適切な形状のミキサーの選択
一般的に速度論支配的な反応がフロー合成には向いていると言われている。マイクロリアクタの反応空間では、バッチ反応よりも迅速混合を可能とするため、速度論支配をより顕著に具現化することができる。そこで、鍵となるのが適切なミキサーの選定である (Figure 3)。著者らは、ミキサーの混合性を評価するため、Villermaux-Dushman反応 [5] を実施した。Figure 3d にあるように、混合性の違いによって得られる生成物が異なり、混合性が悪い際に主生成物となるヨウ素の吸光度を測定することで、混合性能を評価することができる。その結果、T 字型のミキサーが最も良好であった。
Figure 3 様々な形状のミキサー (a)T字型ミキサー、(b) V字型ミキサー、(c)ボルテックス型ミキサー、(d) Villermaux-Dushman 反応
② 適切なリアクタの選択
続いて著者らはリアクタ内径の検討を実施した。著者らが利用したシステムは還元反応と conjugation 反応をリアクタ内で効率的に完結させる。著者らは流系を変えたいくつかのリアクタを得られた ADC の DAR を測定することで評価し、1.00 mm 未満の流系であることが混合性を保持し、狙いの DAR で ADC を得るために必須であることを確認した。最終的には熱伝導による反応の高速化と反応時間のバランスを考慮し、内径1.00 mm のリアクタを選択した。
③ 連続生産に耐えうる迅速合成プロセスの確立
フローリアクタを製造に使うことを考えると、マシンタイム (抗体がシステム内に滞留している時間) を 5 分以内にすることを目的とした。そうすることにより、グラムスケールの ADC であっても、1 時間以内に反応が完結することになる。Cysteine conjugation の律速段階は還元段階にあると考え、その反応時間の検討を実施した。結果的に、還元反応のマシンタイムを 3 分、その後の Conjugation を 1.5 分の条件を見出した。これにより、原料の抗体をリアクタに加えて、装置を起動さえすれば 5 分以内に抗体薬物複合体を調整できることを見出した。さらに、3 種類の抗体、3 種類の薬物を使用して合計 9 種類の抗体薬物複合体の調製に成功し、このリアクタ反応の汎用性を証明した (Figure 4)。どの ADC 合成においても、DAR は狙い通り3~4の範囲であり、凝集の増加は見られなかった。これらの結果から、本リアクタ反応は ADC 製造に現実的に用いることができるポテンシャルがあることが実証された。
Figure 4 9 種類の ADC 合成
今後の展開
著者らは今回、フローリアクタが抗体薬物複合体などの bioconjugates の製造に有効であることを示した。特に、短いマシンタイムで凝集を抑えながら bioconjugation 反応を実施できる点、オペレーターが高活性薬物に曝露されるリスクを減らせることなど、抗体薬物複合体の合成にフローリアクタを利用する利点は多い。今後、フローリアクタを膜精製装置と繋げることで合成から精製まで一気通貫で実施するなど、更なるシステムの改善を行っていく予定である。
さらに、著者らは、フローリアクタのバイオ医薬品への応用を積極的に行っており、ごく最近では迅速的な Protein PEGylation への応用を報告した[6] (こちらはマシンタイム 2 秒未満で、protein の選択的 PEG 化に成功している)。
更なるフローリアクタのバイオ医薬品分野への応用を期待したい。
参考文献
[1] Nakahara, Y.; Mendelsohn, B. A.; Matsuda, Y. Antibody-Drug Conjugate Synthesis using Continuous Flow Microreactor Technology, Process Res. Dev. 2022, 26, 2766–2770, DOI: 10.1021/acs.oprd.2c00217.
[2] Matsuda, Y.; Mendelsohn, B. A. An Overview of Process Development for Antibody-Drug Conjugates Produced by Chemical Conjugation Technology. Expert Opin. Biol. Ther. 2021, 21, 963–975, DOI: 10.1080/14712598.2021.1846714.
[3] Tawfiq, Z.; Matsuda, Y.; Alfonso, M. J.; Clancy, C.; Robles, V.; Leung, M.; Mendelsohn, B. A. Analytical Comparison of Antibody-Drug Conjugates Based on Good Manufacturing Practice Strategies, Anal. Sci. 2020, 36, 871–875, DOI: 10.2116/analsci.19P465.
[4] Bauma A, M.; Moody, T. S.; Smyth, M.; Wharry, S, Perspective on Continuous Flow Chemistry in the Pharmaceutical Industry, Process Res. Dev. 2020, 24, 1802–1813, DOI: 10.1021/acs.oprd.9b00524.
[5] Reckamp, J. M.; Bindels, A.; Duffield, S.; Liu, Y. C.; Bradford, E.; Ricci, E.; Susanne, F.; Rutter, A. Mixing Performance Evaluation for Commercially Available Micromixers Using Villermaux–Dushman Reaction Scheme with the Interaction by Exchange with the Mean Model, Process Res. Dev. 2017, 21, 816–820, DOI: 10.1021/acs.oprd.6b00332.
[6] Nakahara, Y.; Endo Y.; Takahashi, K.; Kawaguchi, T.; Keisuke, K.; Y. Matsuda, A. Nagaki, A Manufacturing Strategy Utilizing a Continuous Mode Reactor toward Homogeneous PEGylated Bioconjugate Production, ChemRxiv, 2023. DOI: 10.26434/chemrxiv-2023-c1pk9.
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