今回のスポットライトリサーチは東京工業大学 化学生命科学研究所 吉沢・澤田研究室の青山 慎治(あおやま しんじ)さんにお願いしました。
吉沢・澤田研では、超分子化学を基盤に、水中で活用できる “便利なナノ道具” の開発を目指して、「芳香環空間」に関する研究を行っています。具体的には、生体システムに匹敵する「ナノ空間」を人工的に作製することで、合成化学や材料化学、物性化学、分析化学などの分野での新展開を目指しています。さらに「ペプチド空間」に関する研究も行っており、剛直な”合成パーツ”と柔軟な”生体パーツ”の両方を活用した新空間化学に挑戦しています。
本プレスリリースの研究内容は、ポリマーの効率的な水溶化についてです。本研究グループでは、水や種々の有機溶媒にも溶けない超難溶性ポリマーを水溶化する新手法を開発しました。水溶化によりこれまで困難であったポリマーの詳細な構造解析と物性評価を可能にし、さらに超難溶性ポリマーの薄層フィルムの簡便な作製にも成功しました。この研究成果は、「Angewandte Chemie International Edition」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Shinji Aoyama, Lorenzo Catti*, Michito Yoshizawa*
Angew. Chem. Int. Ed. 2023, 62, e202306399.
指導教員のロレンツォ カッティ 助教より青山さんについてコメントを頂戴いたしました!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
様々なポリマーの中でも、芳香環骨格を主軸に持つポリマーは、高機能性材料の原料として最近注目されています。ですが、このような芳香環ポリマーは、その高い剛直性と強い凝集性から、水や有機溶媒に全く溶解しません。これまでの可溶化の手法は主に、ポリマー骨格への大量の側鎖(=置換基)導入に限定されており、側鎖の導入が困難な場合や導入によってポリマー物性が変化する場合がありました。
本研究では、独自に開発したV型両親媒性分子(図1b)を超難溶性の芳香環ポリマー(図1c)と混合することで、ナノカプセル化を介してポリマーの効率的な水溶化に初めて成功しました(図1a)。また可溶化を実現したことで、これまで不可能であったポリマーの構造や物性を解明できました。本手法の最大の特徴は、カプセルからの放出で、芳香環ポリマーの薄層フィルムが簡便に作製できる点にあります(図2)。水を溶媒として、煩雑な側鎖導入を必要とせず、使用したV型両親媒性分子も再利用可能な、ポリマーの新加工法を開発しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
自分なりに工夫したところは、用いる高分子の選定です。
本テーマを始めた時点では、「芳香環ミセルを用いて高分子を水溶化する」ことは決まっていましたが、どの種類のポリマーを選択するかはある程度任されていました。芳香環ミセルとの相互作用を考慮して、主鎖に芳香環を含むポリマー(ポリチオフェンやポリフルオレンなど)がよいと考えましたが、不溶性で重合度が小さく、短い長さのため、詳細な解析や自立型薄膜作製が難しいといった点で悩んでいました。
芳香環ポリマーに関して文献調査をしていく中で、ヘテロ原子が導入された芳香環ポリマー(PBOやBBL)を知りました。これらの高分子はヘテロ原子のプロトン化により強酸存在下のみで可溶化でき、長さも数百nmサイズであることから、本研究に適していると思い、今回注目しました。その結果、AFM測定によるポリマー解析や自立型の薄膜作製へとなんとか展開することができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
難しかったところは、AFMおよびSEM測定でした。当研究室でその機器に精通した人はおらず、一から測定を行いました。ビギナーズラック?などはなく最初から失敗続き(なにも見えないまたは凝集体の観測など)でしたが、測定原理を理解し、複数ある測定パラメータを変え、基板に滴下する方法を最適化することで、ようやく再現性よく目的とするポリマー像を得ることができました。
うまく実験・測定できないときは感情的になりがちですが、その原因を冷静に考え、仮説を立てて地道に研究を進めることが大事だと改めて実感しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
学部生のときは、有機合成化学を用いて新反応を開発する研究室(農工大齊藤研)に所属していたこともあり、研究内容自体はもちろん好きでしたが、自身の興味や知識は狭い範囲に留まっていたと思います(反応機構の→↓→ばかり書いていました)。
吉沢・澤田研に修士課程より在籍してから、異なる研究内容やバックグラウンドをもつ先生方・学生や技術職員の方々と交流する機会に多く恵まれ、新しい知識や興味を沢山増やすことができました。
今後も、化学はもちろんですが、分野外の新しい知識を吸収しつつ、数多くの新しい「モノ」や「技術」を協同して生み出していければと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。日夜熟読しているChem-Stationのスポットライトリサーチに取り上げていただいたことに驚きつつ、今原稿を作成しています。日々の積み上げてきた成果を論文という形で公表することで、多くの方々に届き、その反響をいただくことが「新しいことを発見すること」と等しく嬉しいことだと個人的に感じました。
今現在、多次元の不溶性高分子の水溶化やそれを利用した面白い現象を発見しつつあります。近々発表できるように、日々研究していきます。
最後になりますが、本研究を行うにあたり、多大なご指導を頂きました吉沢 道人教授、Lorenzo Catti助教、研究室メンバー、技術職員の皆様にこの場を借りて、感謝申し上げます。また、このような機会を頂きましたChem-Stationのスタッフの皆様にも深く感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:青山 慎治(あおやま しんじ)
所属・職名:東京工業大学 物質理工学院 吉沢・澤田研究室
研究テーマ:芳香環ミセルを活用した水中での難溶性高分子の捕捉と合成
略歴:
2021年3月 東京農工大学 工学部 応用分子化学科 卒業
2023年3月 東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 修士課程修了
2023年4月 同博士課程進学
掲載記事について本記事はWEBに混在する化学情報をまとめ、それを整理、提供する 化学ポータルサイト「Chem-Station」の協力のもと、ご提供しております。
Chem-Stationについて
青山さんは2021年に吉沢・澤田研究室に加わってから、私が最初に指導をすることになった学生です。彼の研究の目的は、不溶性高分子の水溶液処理への私たちのオリジナル芳香族ミセルの応用を確立することでした。高分子を扱った経験はありませんでしたが、青山さんはすぐに高分子の水溶化を達成し、原子間力顕微鏡を使った可視化もマスターしました。可溶化したポリマーを処理するのに苦労した後、使い捨てのプラスチック製注射器を使った手作りの濾過装置を使って、ようやくサブミクロンの薄膜を形成することに成功しました。青山さんの成功の根底には、化学に対する好奇心、自主的に新しいアイデアを生み出す能力、一貫した努力、そして他の研究者との熱心な議論があります。この2年間の彼の努力は、ポスター賞や博士フェローシップ取得という形で報われ、彼は徐々に私たちのグループの中心的なメンバーの一人となっています。これからも彼と一緒に仕事をし、新しいエキサイティングな材料応用を一緒に探求できることを楽しみにしています!