保護基の使用を最小限に抑えたペプチド伸長反応の開発

今回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の巽 俊文(たつみ としふみ)さんにお願いしました。

本プレスリリースの研究内容は、廃棄物の少ないC末端伸長型のペプチド合成法の開発です。ペプチド合成といえば、縮合試薬や過剰に使用するアミノ酸を廃棄してしまうことが大きな問題と言われていますが、回収・再利用可能な、アミノ酸のエピ化を抑制する添加剤を開発し、廃棄物の少ないペプチド合成に仕上がっています。

この研究成果は、「Communications Chemistry」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Practical N-to-C peptide synthesis with minimal protecting groups

Toshifumi Tatsumi, Koki Sasamoto, Takuya Matsumoto, Ryo Hirano, Kazuki Oikawa, Masato Nakano, Masaru Yoshida, Kounosuke Oisaki,* and Motomu Kanai*

Commun Chem 14, 5790 (2023).

DOI: doi.org/10.1038/s42004-023-01030-0

本テーマを指揮された生長 幸之助先生(現: 産総研、主任研究員)と、研究室を主宰されている金井 求教授より巽さんについてコメントを頂戴いたしました!

生長先生
表に出ない面倒事や煩雑さがあまりにも多いため、手がける学生さんの意欲がなかなか持続しなかった内部悪評プロジェクトの典型(苦笑)ともいえる、本ペプチド合成法の開発、自分としても率直に、いつ完成するのか見えないよこれ・・・と思っていたところがありました。そんな折に、他グループにて全く異なるプロジェクト専任だった巽さんに、担当いただけることになりました。持ち前の合成力とハードワーク、丁寧な解析によって着実にプロジェクトは前に進みました。しかし現実として他プロジェクトとの掛け持ちもせざるを得ないなか、何だかんだで2~3年ぐらい経ってしまったと思います・・・。いつ諦めてもおかしくなかった状況が長く続きましたが、粘り強く検討を続けて頂いて、本当に感謝しています。心からご苦労様でしたと言いたいです・・・が、アカデミア職はまだ始まったばかりなので、持ち前の関西系ノリを発揮しつつ、適度に気分転換しつつ、気長に頑張ってほしいです(笑)

金井先生
当教室のプロジェクトの中では、保護基撲滅触媒キャンペーンの枠組みで取り組んできたものの一つですが、多くの共同研究者の長年の努力のおかげでやっと少し離陸できました。ただ、みなさんに使っていただくにはほど遠く、まだいつ墜落してもおかしくない。当研究室内でもペプチドを日々合成していますが、この方法使ってとお願いして、今まで試してみてくれたのは一人だけ。一方で、ペプチド合成でお困りの方は多いようで、社会からの要請が高い方法論だと実感しています。ここからは生長さんが産総研で進化させて行きますので、ご期待ください。
巽さんは、東大先端研の先生と共同でやらせていただいている抗体ミメティック結合薬のプロジェクトの博士研究員として当教室に参画してくれました。アカデミック創薬に対して、最高に熱い情熱を持っている若手研究者です。創薬プロジェクトの性質上、3年くらい前まで学術論文が少なく、将来を心配してサイドで今回のプロジェクトに入ってもらいました。何事にも一生懸命に取り組む人で、やはりそういう人は時間の経過とともに強く、ここに来て大活躍をされています。特許もたくさん出しているので、将来は特許料も入ると良いですね。英語も関西弁になる明るい性格の持ち主で、12月からは東大アイソトープセンターの特任助教になることが決まっています。ますますのご活躍を願っています。

【Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?】

ペプチドは低分子医薬と抗体医薬の利点を兼ね備えた創薬モダリティーとして期待されています。固相合成法などの従来のペプチド合成法では、C 末端から N 末端に向かってペプチド鎖を伸長します。しかし、この方法では、高価な保護アミノ酸や縮合試薬に由来する廃棄物が大量に発生し、環境負荷や製造コストが高くなります。従来法とは逆のN 末端から C 末端へのペプチド伸長反応は、主鎖無保護アミノ酸を利用できるため、これらの問題点に劇的な改善をもたらす手法ですが、反応点の区別やエピメリ化の併発などが問題となり、その開発は困難でした。今回、私たちはペプチドチオ酸を用いることでペプチドC末端のカルボン酸と出発アミノ酸を区別し、N末端からC末端へのペプチド伸長反応の開発に成功しました。

【Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください】

回収可能な高活性なN-ヒドロキシピリドン添加剤の開発になります。N-ヒドロキシピリドンをこの反応の添加剤に用いると、問題のエピメリ化を抑制できることは前任者たちの検討から分かっていました。しかし、当時、使用していた添加剤では回収や精製、スケールアップが困難で、より実用的な条件にすべく添加剤構造のさらなる検討を行いました。反応終了後、ヘキサン洗浄で大部分を回収できる冒頭図の添加剤を開発し、大半の無保護アミノ酸とペプチドチオ酸のカップリング反応が高い収率、低いエピメリ化率で達成でき、グラムスケールへのスケールアップも可能になりました。

【Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?】

極性官能基を側鎖にもつ無保護アミノ酸とのカップリング反応ではアミノ酸の溶解性が低く、低収率に留まっていました。しかし、条件を種々検討しましたが、収率は上がらず、温度をあげると溶媒のDMSOが分解するため、途方に暮れていた時、少しでも熱伝導性がよくなればと半ばあきらめた状態で40 ℃でマイクロウェーブを照射する条件を試すと、収率が劇的に改善されました。マイクロウェーブ装置は高温、高圧で反応をかけるときに使用するものと思っていましたが比較的低温でも効果があるのを実感しました。そこで生物活性ノナペプチドであるDelta Sleep-Inducing Peptideの合成では全カップリング工程にマイクロウェーブ装置を用いることで、収率を改善しサブグラムスケールでの収束的全合成を達成できました。

【Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?】

私は今後も大学で研究を続けていく予定です。学生時代は、不斉有機分子触媒の研究に従事し、卒業後は今回のペプチド合成の研究以外にも、放射線を使った創薬研究や抗体薬物複合体に関連した研究にも携わせてもらいました。様々な研究に触れる機会を頂いたので、今後はこれらの経験を活かしながら、ライフサイエンスに貢献できる反応開発や創薬研究を行いたいと思います。そして、病気で苦しんでいる人や悩んでいる人に対して少しでも力になれるような研究をしていきたいと思います。

【Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします】

最後までお読みいただきありがとうございました。この研究は金井研の卒業生たちに代々引き継がれながら行われた研究で、プロジェクトの開始から論文投稿まで10年ほどかかったと思います。今回、なんとかこの研究を論文にすることができ、その中で実験がうまくいかないときや壁にぶち当たった時こそ、周りのスタッフや学生達とディスカッションを行い、知恵を借り、助けてもらいながら、愚直に実験をやりぬくことが重要だと改めて気づきました。一人でもがくだけでは、このプロジェクトは完遂できなったと思います。最後に、スポットライトリサーチの機会を与えていただきましたChem-Stationの皆様、本研究遂行にあたり、ご指導、手厚いサポートいただいた金井先生、生長先生、共著者の皆さま、有機合成化学教室の皆様にこの場をお借りして感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:巽 俊文

所属:東京大学大学院薬学系研究科有機合成化学教室 (金井求教授)

研究テーマ:保護基の使用を最小限に抑えたペプチドチオ酸カップリング反応の開発

略歴:2017年3月 博士取得(理学)兵庫県立大学大学院物質理学研究科 (杉村高志教授)。2017年4月 東京大学大学院薬学系研究科博士研究員 (金井求教授)。2021年4月 日本学術振興会特別研究員PD

受賞歴: 2022年9月、第 66 回放射化学討論会 若手優秀発表賞

掲載記事について本記事はWEBに混在する化学情報をまとめ、それを整理、提供する 化学ポータルサイト「Chem-Station」の協力のもと、ご提供しております。

Chem-Stationについて