超高圧合成、添加剤が選択的物質合成の決め手に -電池材料等への応用に期待-


今回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 東・山本研究室に所属されていた鈴木 仁哉(すずき じんや)さんにお願いしました。

本プレスリリースの研究内容は酸水素化物の合成についてです。酸化物などのセラミックス中では水素は陽イオンであるプロトン(H+)として存在することが一般的ですが、ヒドリド(H)である負電荷の水素イオンとして酸化物中に存在することもあります。ヒドリドを含む酸化物は酸水素化物と呼ばれており、近年アンモニア合成触媒や電池材料として注目されている一方で、酸水素化物の合成には高温高圧などの特殊な合成条件が必要であることから合成例が少なく、さらなる物質開発が望まれるとともに新規の合成法の開発が必要でした。この研究では、超高圧合成法(1,200℃, 2万気圧)の原料に、ターゲットの組成には影響しない塩化ストロンチウムを添加剤として加えることで、反応を選択的に進める合成手法を開発しました。この新しい合成法によって、新規ペロブスカイト型バナジウム酸水素化物SrVO2.4H0.6およびSr3V2O6.2H0.8の合成に成功しました。

この研究成果は、「Journal of the American Chemical Societyに掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Selective Synthesis of Perovskite Oxyhydrides Using a High-Pressure Flux Method

Jinya Suzuki, Hiroyasu Okochi, Naoki Matsui, Teppei Nagase, Takumi Nishikubo, Yuki Sakai, Takuya Ohmi, Zhao Pan, Takashi Saito, Hiroyuki Saitoh, Atsunori Ikezawa, Hajime Arai, Ryoji Kanno, Takafumi Yamamoto and Masaki Azuma

J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 30, 16398–16405

DOI:doi.org/10.1021/jacs.3c02240

指導教員の山本 隆文准教授より鈴木さんについてコメントを頂戴いたしました!

鈴木仁哉君は私が東工大に着任した次の年に大学院生として入学した、私にとっては第一期生の学生の一人です。そういう意味ではとても思い出深い学生の一人です。鈴木君は学部時代は材料とは全く関わりのない研究をしていましたが、他大学から進学した同期にも恵まれ切磋琢磨してとても熱心に研究に取り組んでくれました。二年間という短い期間に実験から本論文の草案を仕上げてくれたとても優秀な学生でした。卒業後に、何とか一流雑誌に投稿したいと思い、後輩の大河内君(第二著者)とさらなる実験結果を加えて今回の出版に至りました。新物質合成から物性測定まで、いろいろな内容が詰まった論文になっています。ぜひ多くの方に読んでもらえたらと思っています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

酸水素化物と呼ばれる、比較的新しい物質群の新規合成および、合成手法の開発、物性探索に関する研究です。超高圧高温合成法によって、新規ペロブスカイト型バナジウム酸水素化物SrVO2.4H0.6およびSr3V2O6.2H0.8の合成に成功し、得られた物質がLiイオン電池の負極材料として機能することを明らかにしました。これらは原料となる物質を化学量論比で混合して反応させると、ターゲットの化合物を単相で得ることができず、不純物が大量に生成します。この問題に対し、SrCl2を添加物として加えると、不純物の生成を抑制し、高純度でターゲットのバナジウム酸水素化物を得られることを半偶然的に発見しました。

添加物を加えることによって、どのような原理で不純物が減少するかを理解するために、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL14B1で実験室での高温高圧実験を再現し、その様子をその場観察X線回折法を用いてリアルタイム観察しました。その結果、SrCl2を加えることによって、添加物を含む原料が溶解し、反応容器内の物質が均一に混合されることが、目的物質を選択的に得られた要因であることが分かりました。高圧合成では、合成中に撹拌することができないため、添加物を加えて拡散を促すという手法は、今後様々な物質合成に応用できると考えています。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

SPring-8のビームラインで、実験室での合成反応を再現し、その様子をその場観察X線回折測定を使ってリアルタイムで観察しました。この実験が、研究全体で最も工夫した点であり、思い入れのあるところです。高温高圧下における反応であることで同じ物質でも得られるX線回折ピークの位置が室温と比べてずれるため、事前にシミュレーションを行うなど、準備を入念に行いました。また、無機化合物の反応が進んでいく様子をリアルタイムで観察することは普段からできることではないので、SPring-8での実験すべてが貴重な経験であったと考えており、2年ほど経過した今でも強く記憶に残っています。修士課程での研究は、ほとんど本物質の反応解析と物性測定に費やしたので、バナジウム酸水素化物に対する思い入れは強く、今後も開拓が進んで欲しいと思っています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

SPring-8で得られた膨大な量のデータを整理し、高温高圧下での酸水素化物の反応過程を解釈するところです。SPring-8で取得した結果はX線回折のみでしたが、高温高圧下という特殊な条件のため、反応の途中に現れる生成物を特定することが容易ではありませんでした。また、反応の様子が視覚的に分かるようにイメージ図を作成することもとても苦労しました。どのように乗り越えたかに関しては、時間をかけて粘り強くデータと向き合うことであったと感じています。指導教員である山本准教授とも何度も意見を交わし、少しずつ地道に起こっている反応が理解できました。苦労は多くありましたが、学会や論文で成果を報告することができ、非常に嬉しく思いました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

化学の力を活用し、カーボンニュートラル社会の実現に貢献したいです。私は修士課程を卒業後、一般企業に就職し、燃料電池システムの開発をしています。燃料電池は発電しても水しか発生しないことから、地球環境問題解決のため、発展が欠かせないものの1つです。発電部分には、酸化物セラミックスが使用されているなど、学生時代に培ってきた知識も存分に活用できると思っています。新物質の合成や物性測定をしているわけではなく、化学を活用する側となりましたが、より性能の良い燃料電池システムを開発できるように、今後も化学の発展に関心を持ち続けたいと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私が材料に関する研究を始めたのは修士課程進学後であり、それまではシステム制御設計に関する研究を行っていました。当初は、材料に関して言えば、中高生が授業で習う程度の知識しかなく、自分の力のみでは思うように成果が出ず、苦労することも沢山ありました。研究室内で多くの方にアドバイスを頂いたことが、良い研究成果につながった最大の要因でした。ありきたりなメッセージになってしまいますが、皆様も一人で悩みすぎることなく、研究に取り組んでください。失敗と思い没としたデータの中に、凄い結果が隠れている可能性もあると思います。

研究者の略歴

名前:鈴木 仁哉(すずき じんや)

所属:東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 東・山本研究室 令和3年度修士卒

研究テーマ:新規酸水素化物の合成

関連リンク
7:16付近で本研究で使用した超高圧合成装置が登場

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